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妊娠補助・不妊・ART補助療法に対する鍼灸療法のエビデンス

COCHRANE REVIEW 2013 / 関連SR・RCT 2016–2024
Cheong YC et al. Acupuncture and assisted reproductive technology. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(7):CD006920.
DOI: 10.1002/14651858.CD006920.pub3

このページの要点 IVF周辺期(採卵日・胚移植日)への鍼治療については、コクランレビュー(Cheong 2013)が「生児出生率・妊娠率の改善を示すエビデンスなし(低質エビデンス)」と結論しています。ただし、偽鍼対照群を設けた研究と設けていない研究で結果が異なるという一貫性の欠如があり、プラセボ設計の妥当性に関する根本的な課題は、腰痛ページで紹介したLund 2009の議論と同様に存在します。
PCOS(多囊胞性卵巣症候群)に対する鍼治療については、排卵率・月経周期への改善傾向を示す低質エビデンスが複数のSRで報告されていますが、薬物療法との比較では結論に至っていません。
「エビデンスが不十分」は「効果がない」ことを意味しません。研究デザイン上の限界を踏まえたうえで、現時点で明らかになっていることを誠実にお伝えします。

不妊・ARTの概要と鍼灸へのニーズ

不妊症は生殖医療における主要な課題のひとつであり、WHOは2023年に「17.5%のカップルが生涯において不妊症に直面する」と推計しています。体外受精(IVF)・顕微授精(ICSI)を中心とした生殖補助医療(ART)は世界的に普及が進む一方、1サイクルあたりの費用・身体的・精神的負担が大きいことから、患者が補完療法に期待を寄せるケースが増加しています。

米国の研究では、IVF治療前に鍼灸を行っている患者が30%、IVF治療中には47%に上るという報告があります(Domar et al. 2012)。このような背景から、ARTと鍼灸の組み合わせを検討するRCTが複数実施されてきました。

使用できる薬物の種類が排卵誘発剤・黄体ホルモン製剤等に限定されるART周辺期において、非薬物療法の選択肢を検討することには一定の意義があります。同時に、患者の期待に対して医療従事者が適切な情報提供を行うためにも、現時点のエビデンスを正確に把握することが重要です。

コクランレビュー(Cheong 2013)の概要

COCHRANE REVIEW 2013 Cheong YC, Dix S, Hung Yu Ng E, Ledger WL, Farquhar C. Acupuncture and assisted reproductive technology. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(7):CD006920.
DOI: 10.1002/14651858.CD006920.pub3

本レビューは、ART(すべてIVF/ICSI)を受ける患者を対象に鍼治療の有効性・安全性を評価したRCT 20件(計4,544名)を解析しています。採卵時の鍼(6試験・912名)と胚移植前後の鍼(14試験・3,632名)に分類されており、対照群の設定(偽鍼あり vs. 介入なし)によっても分析されています。

主要アウトカム:生児出生率(Live Birth Rate)

採卵時周辺への鍼治療では、生児出生率の改善を示すエビデンスなし(OR 0.87、95% CI 0.59–1.29、2試験、n=464、I²=0%、低質エビデンス)。胚移植日前後の鍼治療では、同様に有意差なし(OR 1.22、95% CI 0.87–1.70、8試験、n=2,505、I²=69%、低質エビデンス)。

対照群の設定による結果の差異

本レビューの重要な知見として、偽鍼対照群を設けていない研究(介入なし群との比較)では、鍼群の生児出生率が有意に高いという結果が示されています。具体的には、偽鍼なしの研究(Madaschi 2010, Paulus 2002, Westergaard 2006)では、鍼群 154/474 vs. 対照群 90/375(OR 1.55、95% CI 1.10–2.17)となっています。

一方、偽鍼対照を設けた研究では有意差が認められず、この二つの結果の乖離がI²=69%という高い異質性の主因となっています。著者らはこの点について「偽鍼の種類の違いが結果に影響している可能性がある」と述べており、研究デザイン上の課題を明示しています。

このレビューのサーチ日は2013年7月であり、現時点では改訂版は刊行されていません。2013年以降にも複数のRCTが発表されており、本ページでは後掲のSRを補完情報として紹介しています。

プラセボ設計の問題:「偽鍼が不活性でない可能性」

ART領域の鍼RCTで広く用いられてきたプラセボ対照は主に以下の3種類です:①Streitberger針(引っ込む先端で皮膚を刺さない)、②経穴から外れた部位への浅刺し、③針でない刺激(粘着テープ等)。

腰痛ページで詳述したLund et al. 2009の議論と同様に、①②の「ミニマル鍼」はいずれも皮膚の感覚求心性神経を活性化するため、生理学的には「不活性なプラセボ」とは言えません。Dieterle 2006の研究では、「不妊に影響しない経穴」への刺鍼を偽鍼群に用いましたが、その群の妊娠率(15.6%)がドイツのIVF/ICSIレジスター平均(24.6%)を下回っており、この偽鍼が妊娠率に対して有害だった可能性さえ示唆されています(Zheng et al. 2020)。

このことは「偽鍼群との比較で差がなかった」という結論が、鍼の無効性を意味するのではなく、「両群とも何らかの鍼刺激効果を受けていた」可能性を否定できないことを示唆します。

方法論論文 Zheng CH, et al. General Issues in Clinical Research of Acupuncture and In Vitro Fertilization. Evid Based Complement Alternat Med. 2020;2020:3460641.
DOI: 10.1155/2020/3460641

2013年以降のSR・メタ分析の動向

コクランレビューのサーチ日(2013年)以降、複数のSR・メタ分析が発表されており、主な知見を以下に示します。

胚移植日前後の鍼治療に関するSR(Smith et al. 2019)

SYSTEMATIC REVIEW 2019 Smith CA, et al. Acupuncture performed around the time of embryo transfer: a systematic review and meta-analysis. Reprod Biomed Online. 2019;38(3):364–379.
DOI: 10.1016/j.rbmo.2018.12.038

鍼を「偽鍼なし群(adjunct-only)」と比較した場合は臨床妊娠率の有意な改善が認められるが、偽鍼対照群との比較では有効性を示すエビデンスなし、という結論はコクランレビューと一致しています。著者らは「非特異的効果(non-specific effects)が活性化されている可能性がある」とも述べており、鍼治療そのものが持つ「介入体験」としての価値の可能性を示唆しています。

IVF全般に対するSR(Xu et al. 2024)

SYSTEMATIC REVIEW 2024 Xu M, Zhu M, Zheng C. Effects of acupuncture on pregnancy outcomes in women undergoing in vitro fertilization: an updated systematic review and meta-analysis. Arch Gynecol Obstet. 2024;309:775–788.
DOI: 10.1007/s00404-023-07142-1

2022年7月までの文献を対象としたメタ分析。主要アウトカム(臨床妊娠率・生児出生率)への有意な改善を示すエビデンスは認められませんでした。サブグループ解析においても偽鍼対照群を用いた研究では有意差なし、という傾向は一貫しています。

国内臨床研究との接続

国際的なRCT・SRと並行して、当院(せりえ鍼灸室)では不妊治療期間中の女性に対する鍼灸の可能性を臨床的に検討してきました。症例集積・症例報告はエビデンスの強さとして限界があることを明記したうえで、以下の国内一次資料をご紹介します。

当院関与 国内臨床論文 小井土善彦、辻内敬子. 腰仙部と下肢へのアプローチによる不妊症に対する鍼灸治療. シンポジウム「不妊症に対する鍼灸最前線」専門鍼灸師が実践する有効な治療法とは?
現代鍼灸学. 2021;21:95–100.

当院来院患者の実態(2019年初診46例)

2019年に挙児を希望して当院を初診した女性46例の特徴を分析したところ、平均年齢は37.8±4.6歳(中央値37.5歳、最小29歳、最大50歳)であり、40歳以上が全体の約3分の1(16例)を占めていました。婦人科受診状況では80%(37例)が何らかの医療機関に受診中であり、受診先は国外も含め19施設に及んでいました。治療段階では70%(32例)がARTによる治療中であり、排卵誘発剤を「使用していない(完全自然周期法を含む)」が48%(22例)でした。

この実態は、当院を受診する不妊患者の多くが高年齢であり、ARTを複数回経験したうえで、最終手段に近い形で鍼灸治療の併用を選択しているという臨床現場の現状を示しています。

症例提示:腸管子宮内膜症合併・ART補助療法目的での来院例

本論文では41歳の腸管子宮内膜症合併・ART治療中の女性1例を詳細に報告しています。4年間の不妊治療を経て(採卵21回・移植11回・流産4回)、44歳11カ月で37週2,808gの児を予定帝王切開で出産しました。出産に至った胚は当院初診から3カ月後に転院した専門クリニックで完全自然周期法で採卵した41歳当時の胚でした。

治療は腰仙部・仙骨部・下肢(腎経・脾経の反応部位)を中心とした経穴への鍼・灸・遠赤外線照射を2週間に1〜2回の頻度で実施しました。使用した鍼は直径0.12〜0.16mmの毫鍼(セイリン製)で、刺鍼深度は3〜20mm、置鍼または単刺術。灸は点灸(8分灸程度)・棒状灸・電子灸を火傷にならない熱量で調整しました。月経時の疼痛(子宮内膜症由来)は治療開始後に改善傾向を示し、鎮痛剤を使用しない周期が増加しました。

また、4回目の流産後に「WHO-5精神的健康状態表」を用いて測定したところ、その1カ月後にスコアが改善しており、鍼灸治療が流産後に低下した精神的健康状態の回復に寄与した可能性が示唆されました。

当院論文の位置づけと限界

本論文はシンポジウム発表を論文化したものであり、症例集積(n=46)と単一症例報告(n=1)を含む記述的研究です。対照群の設定はなく、鍼灸治療単独の効果を他の介入(漢方・サプリメント・ARTプロトコルの変更等)と切り離して評価することはできません。論文著者自身も「ARTの成績に大きな影響を及ぼすことは今のところ明らかではない」と明記しています。

ただし、本論文は以下の点で重要な一次資料です:①日本の実臨床における不妊患者の年齢・ART段階の実態データを提供している、②日本鍼灸の手技的特性(細鍼・浅刺し・体性神経を介した恒常性維持機構への作用)に基づく介入を詳細に記録している、③ARTとの併用下での月経痛軽減・精神状態改善という多面的なアウトカムを記述している、④プレコンセプションケアの観点から不妊治療中の女性に鍼灸が果たしうる役割を論じている。

国内では、ARTと鍼灸の組み合わせを評価したRCTはほぼ存在しません。本論文のような臨床記録の蓄積が、将来の研究仮説の生成と研究設計の立案に貢献することが期待されます。

PCOSに対する鍼治療のエビデンス

ARTを利用する不妊患者の原因疾患として頻度が高い多囊胞性卵巣症候群(PCOS)に対して、鍼治療は排卵障害・インスリン抵抗性・LH/FSH比の是正を目的として用いられることがあります。

SR(Jo et al. 2017):排卵率・月経周期への低質エビデンス

SYSTEMATIC REVIEW 2017 Jo J, et al. Acupuncture for polycystic ovarian syndrome: A systematic review and meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2017;96(23):e7066.
DOI: 10.1097/MD.0000000000007066

15データベースを検索し抽出したRCTをメタ分析。鍼治療は偽鍼なし群・無治療群と比較して、排卵率(MD 0.35、95% CI 0.14–0.56)および月経周期回復率(MD 0.50、95% CI 0.32–0.68)を改善する可能性を示す低質エビデンスが認められました。ただし、偽鍼対照群との比較データは不十分であり、バイアスリスクも高いと評価されています。

SR概観(Yang et al. 2023):SRの方法論的質の評価

OVERVIEW OF SR 2023 Yang H, et al. Efficacy and safety of acupuncture for polycystic ovary syndrome: an overview of systematic reviews. J Integr Med. 2023;21(2):136–148.
DOI: 10.1016/j.joim.2022.12.002

PCOS に関する既存SRを概観した本研究では、鍼単独または他の治療との組み合わせにより、臨床妊娠率・排卵率の改善、LH/FSH比・インスリン抵抗性指標(HOMA-IR)の低下を示す傾向が記述分析で示されました。しかし、各SRの方法論的質(AMSTAR-2)は全体的に低く、結果の信頼性には限界があります。

メトホルミン併用SR(Chen et al. 2022)

SYSTEMATIC REVIEW 2022 Chen X, et al. Acupuncture combined with metformin versus metformin alone to improve pregnancy rate in polycystic ovary syndrome: a systematic review and meta-analysis. Front Endocrinol (Lausanne). 2022;13:978280.
DOI: 10.3389/fendo.2022.978280

9件のRCTをメタ分析した結果、鍼灸+メトホルミン群は、メトホルミン単独群と比較して妊娠率の改善(RR 1.35、95% CI 1.13–1.63)と排卵率の改善を示しました。ただし、対象論文の多くが中国の単一施設試験であり、盲検化が不十分なものが多く、結果の外的妥当性には注意が必要です。

エビデンスの一貫性の欠如と解釈上の注意点

ART領域の鍼灸研究において、結果が一貫しない最大の要因は以下の点です。

課題 内容
プラセボ設計の不均一性 Streitberger針・非経穴浅刺し・粘着テープ等が混在。各研究で「偽鍼」の定義が異なる
鍼のタイミング・回数 Paulus プロトコル(胚移植前後の計2回)から、採卵時・複数週にわたる長期鍼まで介入が多様
基礎不妊原因の非均一性 PCOS・卵管因子・原因不明など不妊の原因が混在したままメタ分析されている試験が多い
施術者の技術・経験 中医師・鍼灸師・産婦人科医が施術者となっており、手技の均一性が保証されていない
サンプルサイズ 多くの試験は検出力不足。生児出生率をエンドポイントとした十分な規模の試験が少ない

上記の課題は、当然ながら「鍼が効かない」ことを意味しません。現時点では「効果があると確信できる高質なエビデンスがない」という状態です。この区別は、患者への情報提供において重要です。

安全性について

コクランレビュー(Cheong 2013)では、解析対象の全20試験において重篤な有害事象は報告されていません。報告された副作用は刺入部位の疼痛・内出血・倦怠感など軽微なものにとどまりました。

ただし、ART治療中に使用される排卵誘発剤(ゴナドトロピン製剤等)や黄体ホルモン投与との相互作用については、十分な研究データがありません。また、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高い症例における鍼治療の適否についても、専門的な判断が求められます。

安全性の詳細については、当サイトの別ページ「鍼灸治療の安全性と適応について」もあわせてご参照ください。

現時点での整理と今後の研究の展望

問い 現時点の状況
IVF周辺期の鍼は有効か 介入なし群との比較では改善傾向あり。偽鍼対照群との比較では有意差なし。エビデンスの質は「低い」
プラセボ設計の妥当性 各試験で「偽鍼」が異なり、いずれも生理学的に不活性とは言えない(Lund 2009・Zheng 2020)
PCOSへの効果 排卵率・月経周期への改善を示す低質エビデンスあり。メトホルミン単独との比較でも改善傾向
コクランレビューの更新状況 CD006920は2013年以降改訂なし。2025年現在、新規の高質エビデンスを待つ状況
安全性 既存RCTの範囲では重篤な有害事象の報告なし。ART薬剤との相互作用データは不十分

今後の研究課題としては、不妊原因別(PCOS・原因不明等)の層別化、「介入なし」対照と「偽鍼」対照の両群を含む三群比較試験、生児出生率を主要アウトカムとした十分な検出力を持つRCT、そして長期的な安全性モニタリングの蓄積が挙げられます。

参考文献

  1. Cheong YC, Dix S, Hung Yu Ng E, Ledger WL, Farquhar C. Acupuncture and assisted reproductive technology. Cochrane Database Syst Rev. 2013;(7):CD006920. DOI
  2. Smith CA, et al. Acupuncture performed around the time of embryo transfer: a systematic review and meta-analysis. Reprod Biomed Online. 2019;38(3):364–379. DOI
  3. Xu M, Zhu M, Zheng C. Effects of acupuncture on pregnancy outcomes in women undergoing in vitro fertilization: an updated systematic review and meta-analysis. Arch Gynecol Obstet. 2024;309:775–788. DOI
  4. Jo J, et al. Acupuncture for polycystic ovarian syndrome: A systematic review and meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2017;96(23):e7066. DOI
  5. Yang H, et al. Efficacy and safety of acupuncture for polycystic ovary syndrome: an overview of systematic reviews. J Integr Med. 2023;21(2):136–148. DOI
  6. Chen X, et al. Acupuncture combined with metformin versus metformin alone to improve pregnancy rate in polycystic ovary syndrome: a systematic review and meta-analysis. Front Endocrinol (Lausanne). 2022;13:978280. DOI
  7. Zheng CH, et al. General Issues in Clinical Research of Acupuncture and In Vitro Fertilization. Evid Based Complement Alternat Med. 2020;2020:3460641. DOI
  8. Lund I, Näslund J, Lundeberg T. Minimal acupuncture is not a valid placebo control in randomised controlled trials of acupuncture: a physiologist’s perspective. Chinese Medicine. 2009;4:1. DOI
  9. Wang X, et al. An Overview of Systematic Reviews of Acupuncture for Infertile Women Undergoing in vitro Fertilization and Embryo Transfer. Front Public Health. 2021;9:651811. DOI
  10. 小井土善彦、辻内敬子. 腰仙部と下肢へのアプローチによる不妊症に対する鍼灸治療. 現代鍼灸学. 2021;21:95–100.
  11. Smith CA, de Lacey S, Chapman M, et al. Acupuncture to improve live birth rates for women undergoing in vitro fertilization: a protocol for a randomized controlled trial. Trials. 2012.
  12. 統合医療情報発信サイト(eJIM)厚生労働省. https://www.ejim.ncgg.go.jp/

掲載情報の根拠:Cochrane Library / 厚生労働省統合医療情報発信サイト(eJIM)/ 各原著論文(DOIリンクを上記に記載)
最終更新:2026年5月 次回更新予定:コクランレビュー改訂に追随

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