鍼灸治療の安全性と適応について
Safety and Indications for Acupuncture in Obstetric Care / 対象:産婦人科医・助産師・看護師
1. 妊娠中の鍼灸治療の安全性——文献からわかること
系統的レビュー(Park et al. 2014)
妊娠中の鍼灸治療における有害事象の発生率は、1万セッションあたり193件(因果関係の有無を問わず全事象)、因果関係が「確実・ほぼ確実・可能性あり」と評価されたものに限ると131件でした。最も多い有害事象は刺鍼時の痛み・出血・めまい等の軽度なものであり、重篤な有害事象との因果関係はいずれも「なし」と評価されました。
後方視的コホート研究(Moon et al. 2020)
韓国・国民健康保険データを用いた約2万例規模の研究では、鍼灸を受けた妊婦と受けなかった妊婦の間で、早産率・死産率に有意差は認められませんでした。ハイリスク妊娠群での層別解析でも同様の結果でした。
これらの知見から、適切に実施された妊娠中の鍼灸治療は重篤な有害事象を引き起こすリスクが低いと考えられています。ただし、いずれの研究も方法論的限界があり、確定的な結論とは言えません。
2. 鍼灸治療固有の有害事象——気胸について
鍼灸治療に固有の合併症として気胸が知られており、稀ではあるものの念頭に置くべき事象です。2024年、妊娠38週の骨盤位に対する鍼灸治療後に気胸を発症した症例が報告されており(水之江ら、東京産婦会誌 2024)、産婦人科医への情報提供の重要性が指摘されています。
当院における対応
頸・肩・胸部へ刺鍼する際は気胸のリスクを考慮し、施術を最小限にとどめる、あるいは直接施術をせずに離れた安全な部位に施術野を変更するなど、より慎重に対応しています。また、施術後に呼吸苦・胸痛等の症状が現れた場合は直ちに医療機関を受診するよう患者に説明しています。
3. 「鍼灸治療の安全性」と「産科的適応」は別の問題
鍼灸治療そのものの安全性プロファイルが良好であることと、すべての妊婦に適応であることは、まったく別の問題です。産科領域には、正常経過から異常へと急変しうるという特殊性があります。鍼灸師はこの特性を十分に理解した上で、鍼灸の技術的安全性だけでなく、その時点での産科的状態を判断の基軸に置く必要があります。
4. 受診をお断りした実例
切迫早産入院中の方からのご連絡
逆子の鍼灸治療を希望するご連絡をいただき、妊娠週数と経過をお伺いしたところ、切迫早産で入院中であり、一時帰宅の機会に来院を希望されているとのことでした。逆子を何とかしたいというお気持ちは十分に理解できましたが、その時点での優先事項は切迫早産の治療であること、産科的状態が安定してから担当医にご相談の上で改めて検討していただくことをお伝えし、受診をお断りしました。
この判断は鍼灸治療が危険だということではなく、その時点の産科的状態が鍼灸治療を受けるべき状態ではなかったという判断です。
5. 適応とならないケースの考え方
以下のような産科的状態にある場合は、鍼灸治療よりも産科的管理を優先すべきと当院では判断しています。
- 切迫早産・切迫流産で安静指示または入院中
- 前置胎盤・低置胎盤で出血リスクのある状態
- 妊娠高血圧症候群で管理中
- 担当医から安静・外出制限の指示が出ている
- その他、産科的に不安定な状態
これらは「永続的に鍼灸を受けられない」ということではありません。産科的状態が安定した後に、担当医への相談を経て受診を検討していただくようにお伝えしています。
6. 受診前に当院が確認していること
7. 医療連携の観点から——紹介いただく際のお願い
産婦人科医・助産師の方から患者を紹介いただく際に、以下の情報をお伝えいただけると、より安全な対応が可能になります。
- 現在の妊娠週数と胎位
- 妊娠経過上の注意事項・安静度の指示
- 鍼灸治療についての担当医の見解(可能であれば)
紹介状は必須ではありませんが、上記の情報を口頭またはメモでお伝えいただけると助かります。
参考文献
doi: 10.1136/acupmed-2013-010480
doi: 10.1111/1471-0528.15925