― やさしい刺激が体を変える理由 ―
「刺さない鍼って、本当に効くのですか?」
これは、鍼灸に興味を持たれた方から最も多くいただく質問のひとつです。
「刺激が弱いと、効果も弱いのでは?」
「しっかり刺さないと効かないのでは?」
そのように感じるのは、ごく自然なことだと思います。
今回は、刺さない鍼がなぜ作用すると考えられているのかを、臨床の視点と研究の視点の両方からお伝えします。
◎ 刺激の強さと治療効果は比例するのか
多くの方は、「強い刺激ほど効果が高い」と考えがちです。
しかし、鍼灸では必ずしもそうとは限りません。
体はとても繊細で、必要以上の刺激を受けると、
・防御反応が働く
・筋肉が緊張する
・自律神経が乱れる
といった反応が起こることもあります。
逆に、体の状態に合った刺激であれば、やさしい刺激でも十分に変化が起こることがあります。
◎ 皮膚は最大の臓器
傳田光洋氏は、著書『賢い皮膚-思考する最大の臓器』の中で、「成人の皮膚の面積は、1.6㎡(およそ畳1枚分)、皮下組織を除く皮膚そのものの厚さは部位によって異なりますが、1.5~4mm、重さで評価すると皮膚のみで約3㎏近くになり、人間にとっては脳(1.4㎏前後)や肝臓(1.5㎏前後)より重い、最大の臓器です」と、述べています。

より引用
◎ 皮膚は「感じ、考え、行動する臓器」
近年の研究により、皮膚は単なる体の表面ではなく、外界の情報を感知し体に伝える重要な役割を持つことが分かってきました。
明治国際医療大学の矢野忠名誉教授は著書『医療のパラダイムが変わる 鍼灸の再発見』(2024年)において、皮膚にはさまざまなセンサーが存在し、
・温度
・湿度
・触圧
・光
といった情報を感知して体に伝える働きがあることを述べています。
さらに皮膚そのものが、
・ドーパミン
・オキシトシン
・βエンドルフィン
・アドレナリン
といった生理活性物質を産生することも明らかになってきました。
つまり、皮膚への刺激は、神経・ホルモン・免疫など多くの働きに影響を与える可能性があるのです。
◎ やさしい刺激でも鎮痛や免疫反応が起こる理由
明治国際医療大学の伊藤和憲教授は著書『いちばんやさしい痛みの治療がわかる本』(2017年)の中で、皮膚刺激による生理反応について解説しています。
皮膚にある角質細胞(ケラチノサイト)が刺激を受けると、一酸化窒素(NO)が放出されます。
この反応は脳の視床下部を刺激し、βエンドルフィンという鎮痛作用を持つ物質の分泌を促します。
さらに、脾臓にも作用し、NK(ナチュラルキラー)細胞を活性化させることが知られています。
この仕組みにより、皮膚への触刺激や擦過刺激は、
・痛みを和らげる
・免疫機能を高める
といった反応を引き起こす可能性があると考えられています。
小児はりなど刺さない鍼は、こうした反応を利用した治療法のひとつとされています。
◎ 体質や体調によって「適した刺激」は異なる
鍼灸では、同じ症状でも最適な刺激は人によって異なると考えます。
例えば、
・刺激に敏感な方
・疲労が強い方
・自律神経が乱れやすい方
・体力が低下している方
こうした方では、やさしい刺激の方が体の反応が良いことも少なくありません。
刺さない鍼は、そうした体質や体調に合わせた治療の選択肢のひとつです。
◎ 刺さない鍼は「弱い治療」ではありません
刺さない鍼は、単に刺激を弱くした治療ではありません。
体の状態を見極めながら、
必要な刺激を
必要な量だけ
必要な場所に与える
という考え方に基づいています。
皮膚への刺激による作用機序のすべてが解明されているわけではありませんが、長い臨床経験の中で活用され続けてきた治療法でもあります。
◎ 鍼灸は「刺激を選べる医療」
鍼灸には、
刺す鍼
刺さない鍼
という複数の方法があります。
当院では、体質や症状、そして患者さんのご希望を大切にしながら、施術方法を選択しています。
「刺激が強い治療は苦手」
「鍼に興味はあるけれど不安がある」
そう感じている方にとって、刺さない鍼は新しい選択肢になるかもしれません。
◎ 次回予告
次回は、日本の鍼灸臨床で広く行われている「施術方法を患者さんと一緒に選んでいく医療」としての鍼治療について、まとめます。
◎ 刺さない鍼について相談できます
当院では、刺さない鍼から治療を始めることも可能です。
体質やご希望、既往歴などを丁寧に伺いながら、施術方法を一緒に考えていきます。
鍼に不安を感じている方も、どうぞ安心してご相談ください。
せりえ鍼灸室では、医学的な情報と鍼灸のエビデンスを共有しながら、妊娠期だけでなく、乳幼児期から更年期やシルバー世代を含む女性のライフステージ全体を見据えた鍼灸ケアを行っています。症状だけでなく、その方の生活背景やこれまでの経過を大切にしながら、医療と連携した無理のない健康支援を心がけています。
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